沿線の女(ひと) ・・・12・・・ 

沿線の女(ひと)・・・

心 コロコロ ころがっ・・・た
こころひとつの 希望の夜明け
「足手まといだから・・・♪」
そっと 寄り添う年上の女
眩しすぎた 別れの予感 
山の手沿線 ワンルーム

夢は ユメユメ 消え去っ・・・た
ゆめのかけらも ない昼下がり
「強く生きなきゃだめなの・・・♪」
そっと つぶやく年上の女
哀しすぎた 別れの予感
小田急沿線 マイホーム

寒い サムザム 醒めきっ・・・た
さむさぬくもり 春待つ二人
「泣きぼくろ泣きぼくろ・・・♪」
そっと 抱きしめ年上の女
優しすぎた 別れの予感
京王沿線 ラブホテル
         2014年
           

*作曲の三井先生は 敏いとうとハッピー&ブルー、和田弘とマヒナスターズ、森雄二とサザンクロス等のメンバーで、 ボーカル&ギター担当でしたので、各グループの代表曲を、 織り込んでみました。

団塊末子のつぶやき

高2・・・冬

ふたりが待ち合わすのは、学校から程近い、裏街の一角にあるジャズ喫茶だった。

一風変わったムードの店で、セザンヌ、ゴッホ、ピカソ等の絵画が、ごてごてと思いのままに、壁に掛けられ、ステレオでレコードから、ジャズが途切れる事なく、流れていた。

ほとんどが常連の客で、中年を過ぎた、自称芸術風のみなりをした、男が多かった。彼も、もちろんこの店の、顔なじみだった。そして、彼の座る席も、いつ時も決まっていて、カウンターではなく、セザンヌの自画像のある、店の奥の一番窮屈な、二人用のテーブルだった。

彼女は、約束の時間よりは早く行かない。時間より少し遅れて、店の近くの公衆電話から、喫茶店に電話する。彼の名前を言って、彼が席に座っているのを確かめてから、何知らぬ顔で、喫茶店に入り「待たせてごめんなさい」と、小さな挨拶をする。彼が、彼の友人を通して、待ち合わせの時間を、伝えてくる事に対しての、密やかな反抗でもあった。

彼は、相変わらずブラックコーヒー、彼女も、相変わらずレモンティー・・・最初の待ち合わせのオーダーに、レモンティーを注文した。そのとき彼が云った言葉に対しての、密やかな反抗。「レモンティー、かわいいもんだね」

彼は彼女がイスに座わるといつも、口癖みたいに尋ねる。「どう変わったことない」と。彼女はそのつど「別に・・・」と、わざとケロッとしてみせる。その瞬間、彼女は、密やかな勝利に浸る。いつも会うたび、日常にやつれたような面持ちの、暗い声を出す彼に一瞬、男に勝ったような錯覚がする。

それから、彼はいつもの調子で、哲学の話をする。彼女は、ウンとかソウとか、分からないとか、そうは思わないとかの返事だけで、彼が一方的に話してゆく。ある時は、必要以上に眉を寄せ、ある時はタバコの灰をおとしそうになる。お通夜のつぶやきのように・・・。

そんな話には、全く興味はなかった。彼がときたまペンを取り出して、小さな紙きれや、タバコの箱に図を描いたり、横文字を書いてみたりする時の、彼の細くて、血の筋が青くとおって見える長い、病的とも見える白い指が、たまらなく好きだった。その指を見る度、彼が好きなのだと感じた。

学校から帰ると、母は、彼女を茶室に入るように指示する。お稽古日には、お弟子さんが点てた一服を頂く事が、習慣になっていた。

茶室には、曜日によって色々なお弟子さんがいて、彼女は、気恥ずかしい思いを、常に感じながら、茶室に溶け込めない自分が、天井の網代の目から覗きこんでいる、もう一人の自分を見ていた。

茶室のお弟子さんに遠慮しながら、出かけようとする娘に、母は声をかけてくる。「何時頃帰るの?早く帰ってね」

長年茶の湯を極めていながら、自由と優しさに溢れた人だ。凛として着物しか着ない母。そんな環境にいて、同級生からも羨ましがられるのに、彼女は、茶室から逃げ出す事ばかり考えていた。

温和でりっぱな父。お互いの存在をきちんと認め合った、仲の良い夫婦。民主的な、尊重しあえる両親に包まれた家庭だった。

でも、だからちょつぴり、おもしろくなかった。小さな不満でもあった。自分にも、少しばかりの不幸がないと、友達の身の上話に、心底のってあげられないと悩んでいた。辛い境遇を打ち明けられても、親身に分かってあげられず、口先だけがとても虚しかった。

歴史ある進学校の自由な校風も、伸び伸びしすぎて、的が絞れずぶっかるものがなかった。そんな高校生だった時折の、ふたりが待ち合わす喫茶店のBGMは、ぶっつけてJAZZ。

「これがジャズだよ」と、彼が教えてくれた。ジャズ?はじめて耳にする響き。灰色の煙草のけむりが、もうもうと漂ってきて、突起した音が耳に突き刺さり、思わず咽込んでしまった。

なんて、不健康で暗く、落ち着かないんだろう・・・と、感じながら、いつしか退屈な講義に、意識がぼやけて、小さなテーブルごと躰が浮きあがっていく。

静寂な茶室で、仄かにお香をききながら、たちこめる松風。朱の袱紗をさばく白い指。それらの映像が、無色透明に重なり合いながら、ここちよい陶酔が迫ってくる。

ゆったりと身を委ねていくうちに見えないはずの、聞こえないはずの、延長線上の空間に辿り着く。きちんと結い上げた黒髪、地味なお太鼓帯、青い畳を運ぶ、白い足袋。母の後姿がくっきりと浮かび上がってくる。

彼が席を立ち、ゆっくりと用足しに行った時、俄かに逃げ出したいような、嫌な気分に襲われ、ふっと、我に返る瞬間が来る。今までの時間は、もしかしたら、夢だったのかも知れなかった。

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